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黒ギャルの尻と煮卵の見分け方

2016-01-29 カテゴリ:糞記事 タグ:

去年、黒ギャルの尻と煮卵の見分けがつかないという写真が話題になった。


https://twitter.com/gie_ppp/status/634321936068177920

実は黒ギャルの尻と煮卵にはきちんとした見分け方がある。この記事ではこれについて解説する。

黒ギャルの尻と煮卵はどこが似ているのか

見分け方の前に、黒ギャルの尻と煮卵のどこが似ているのかということを明らかにしたい。

まず黒ギャルの尻と煮卵の表面は次のような構造となっている。

20160128

黒ギャルの尻も煮卵も、褐色の層の上に透明な液体の層が重なっている。黒ギャルの尻はローション、オイル、汗などの液体によって覆われており、煮卵は煮汁に含まれる水分と油脂で覆われている。褐色の層とそれを覆う膜の層が、両者に共通してみられる強い反射を生み出している。

また、両者の褐色層である皮膚と卵白はいずれも半透明で光を内部で散乱させる性質をもっている。皮膚においては日焼けによるメラニン色素が表皮を褐色化させ、煮卵においては煮汁が卵白を浸食し表面を褐色にしている。

褐色層の表面は、黒ギャルの尻においては毛穴による凹凸が見られ、煮卵においても同様のでこぼこしたものなっている。煮卵の表面の凹凸は固化したときの殻に由来するものと推測される。

表面を覆う液体、固体の褐色層、褐色層の凹凸、この3点で黒ギャルの尻と煮卵は似通っている。

黒ギャルの尻と煮卵の違い

ではこのよく似た二つにどういった違いがあるのか。

実は液体層と褐色層には大きな違いがない。違いがあるのは褐色層に見られる凹凸のスケールだ。

黒ギャルの尻と煮卵を同サイズにしたと仮定したとき、黒ギャルの尻に見られる毛穴の間隔に比べ、煮卵の凹凸の方がわずかに大きくなる。このため同サイズに写した写真で見たとき、黒ギャルの尻の方が凹凸が少なくキメが細かく見えることになる。

写真で言うと、下段中央と下段右にその違いがよく表れている。

凸凹のスケールは光の反射によって分かる。下段中央の写真は黒ギャルの尻にしては凸凹の間隔が空きすぎている。一方、下段右の写真は煮卵にしては凹凸の間隔が広すぎる。このように反射光から凸凹の間隔を読み取ることで、それが黒ギャルの尻なのか煮卵なのか、見分けることができるのだ。

黒ギャルの尻と煮卵を見分けるポイントは、反射光に見られる凹凸の間隔なのである。

黒ギャルの尻と煮卵の別の見分け方

他の見分け方について付け加えておく。

AVなどに登場する女性は特殊な照明機材を使って撮影される。それはドーナツのようにリング状に並んだライトだ。「リングライト」などと呼ばれることもある。アイドルの写真などで眼に環状のハイライトが入っているものがあるが、これを作り出しているのがリングライトだ。

ハイライトというものは光源が鏡面反射した結果見られるものだ。我々にとって最も身近な光源である太陽は、小さな球体に近似することができる光源だ。なので、屋外で撮影した写真に見られるハイライトは基本的に円形となる。

室内においては、光源が蛍光灯であれば長方形のハイライトが入るだろうし、間接照明であればハイライトは弱く大きく見られるようになる。

写真に戻ると、上段右と下段右の反射光はこのリングライトに特徴的なハイライトを示している。このことからも、これらが煮卵ではなく黒ギャルの尻なのだと判別することが可能だ。

加えて言うとこの両者は少なくとも3つの光源で照らされており、非常に丁寧に撮影されていることが分かる。パッケージなど大きく目立つところで使われることを想定した写真ではないだろうか。

なお、中段左の写真は凹凸が極端にすくなくツルツルした質感となっているが、これは長時間煮卵同士で圧迫された結果だと思う。これは黒ギャルの尻には見られない特徴なので、煮卵と推測する理由となる。

黒ギャルの尻と煮卵の作り方

コンピューターグラフィックの知識と技術がある人ならば、この両者の材質を再現するのは比較的簡単だ。

ディフューズに褐色、鏡面反射に屈折率1.3~1.5程度のフレネル反射を与え、バンプマップで適当な凸凹を付けてやればいい。バンプのスケールを変えることで、黒ギャルの尻と煮卵の切り替えが可能になる。

今回は正面からのライティングに限定して考えたが、背後から強い光が当たる場合、最初に書いた内部散乱が見られるようになる。

黒ギャルの尻と煮卵では内部散乱光のカラーが違うので、これも見分けるポイントになるだろう。黒ギャルの尻は主に脂肪で構成されており、内部散乱は薄いピンク色になる。対して煮卵は白か薄茶色となる。

ばかばかしい問いかけであっても、真剣に取り組むことによってこのような知的広がり、奥行きを持たせることは可能なのだ。